大判例

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広島高等裁判所 昭和46年(行コ)12号 判決 1976年4月19日

控訴人

山口県教育委員会

右代表者

青木健治

右訴訟代理人

堀家嘉郎

右指定代理人

樫部武男

外四名

被控訴人

竹原利安

被控訴人

塩崎学

右両名訴訟代理人

尾山宏

外二名

主文

原判決中、被控訴人竹原に関する分を取消し、同被控訴人の請求を棄却する。

被控訴人塩崎に対する本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人竹原の間に生じた分は同被控訴人の負担とし、その余は控訴人の負担とする。

事実

一、申立

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二、主張と証拠関係

当事者双方の事実上の主張と証拠関係は、次に附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。当審で追加された証拠関係<略>

理由

一本件懲戒処分のなされた事実及び右処分の理由となつた事案の経緯については、次に附加するほか、原判決理由一、二(一二丁初めから一七丁裏九行目まで)に説示するとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決一四丁表三行目「を総合すると」の前に、「当審における被控訴人竹原(第一回)、同塩崎の各本人尋問の結果」を加える。

(二)  同一五丁裏五行目末尾に「被控訴人塩崎は、二年五組の副担任であつて、同組担任である被控訴人竹原の欠勤の際の補講として、補講時の例にしたがい、同被控訴人の指示どおりに同組生徒に右感想文を書かせ提出させたものである。」を、同一七丁表二行目末尾に「右見出しは本判決添付別紙目録記載のとおりである。」をそれぞれ加える。

二以上の事実に基いて、次のとおり判断する。

(一)  被控訴人竹原について

1  被控訴人竹原が同塩崎を通じてその担任である二年五組の生徒らに前記学力テストに関する感想文を書かせ提出させた行為は、外形的には、教員としての教育活動である。その理由は、原判決一八丁表八行目から一九丁表五行目までに説くところを引用する。

そして、被控訴人竹原は、原審及び当審における同被控訴人の本人の尋問において、生徒に右感想文を書かせたのは、七月一一日の学力テスト実施の際の出来事に即応して、生徒自身の問題である学力テストに対する生徒のありのままの気持を知るためである旨の供述をしている。

しかし、右感想文を文集として編集するにあたり、同被控訴人がその判断で選んだ登載作文のすべてが、何らかの意味で学力テストに反発的、批判的ないしは懐疑的なものばかりであること(同被控訴人は生徒の苦しみ、悩みの気持のよく出ているものを選んだと供述している)と、同被控訴人が本件文集に加えた「中学生―学力テストたたかいの記録」なる表題、「なぜ差別するのか」と題する序文及び別紙目録記載のような各作文の見出しが表現するものの意味を総合すれば、同被控訴人の本件文集編集の態度には、通常の教育活動と異る一つの目的意識が働いていたものと判断せざるを得ない。

そして、右のような同被控訴人の本件文集編集の態度と前示(原判決理由一、二)事案の全経緯に鑑みると、被控訴人竹原が担任学級の生徒に学力テストに関する感想文を書かせ、右感想文その他同被控訴人の手もとに集められた他学級の同様感想文中から、三二篇を選出して本件文集を編集印刷して、県教組宇部支部の学力テスト反対斗争に関する総括会議参会者並びに神原中学校斗争委員に配付した一連の行為は、これを県教組の右学力テスト反対闘争と無縁な単なる教育活動であつたとは到底理解しがたいのであり、本件文集を一般に公表し学力テスト反対の世論を喚起することまでの意図があつたか、単に組合内部で組合員の学力テスト反対闘争の意識を昂揚するためのものであつたか等のその具体的目的は明らかでなく、またそれは結局組合において決定される問題ではあるが、いずれにせよ、同被控訴人の右一連の行為が全体として、県教組の学力テスト反対斗争に資する意図目的に出た組合活動であつたことを否定することは困難である。

もとより、感想文を書かせたことのみを抽出して考えれば、それが教育活動としての外形を有することは前叙のとおりであり、そのこと自体はそれなりに教育活動として無意味であるとはいえないのであるが、そのことによつて、右行為がそれに続く一連の同被控訴人の行為と共に組合活動としての実質を有するものと評価を受けることを妨げることはできない。

そうすると、同被控訴人の右一連の行為中、生徒に作文を書かせたこと及び本件文集を編集印刷したことは、いずれも勤務時間中の組合活動であるというべきである。(本件文集の編集、印刷が勤務時間外に行われたものであることの主張立証はなく、弁論の全趣旨によれば、それが勤務時間中になされたものであることは容易に推認できる。)

2  そこで、被控訴人の右行為が地方公務員法(以下地方公法と略称する)三五条に違背するものであるか否かについて判断する。同条所定の地方公務員の職務専念義務なるものは、地方公務員の服務についてそのあるべき姿勢を掲げるという理念的な一面を有すると考えられる一方、右義務が性質上、地方公務員の日常の職務を常時規制する形をとるものであり、しかも生きた地方公務員個人の内面にかかわる微妙な意味を有するものであるという点において、同条違反の責任を問うについては慎重な配慮が望まれるべきであり、いやしくも重箱の隅をほじくるような狭小な態度でこれを臨んだり、画一的、機械的な仕方でこれを処理することがあつてはならないと解されるけれども、同条が単なるプログラム的規定ないしは訓示的規定といえない以上、本件のように地方公務員たる公立中学校教諭の基本的、中心的職務ともいうべき生徒に対する授業に結びついて組合活動が行われた場合には、前記の配慮をしてもなお、同被控訴人が職務専念義務違背の責任を問われるのは、また止むを得ないことといわねばならぬ。

3  次に、地公法三三条違背の点について判断する。本件文集の存在及びその内容が組合外部に洩れ、新聞に取り上げられて、地区社会一般に周知されるにいたつたことは、前示のとおりである。そして、右新聞にあらわれた生徒を「斗争に巻き込む」といつた非難的論調をそのまま正しいとするかどうかは別として、新聞によつて本件文集のことを知らされた生徒の父兄その他地域社会の住民の多くが、右文集の前示内容に照らし、大きなシヨツクを受け、生徒の作文が学力テスト反対斗争をする同被控訴人ないしは県教組に利用されたとの印象を与えられたことは推測に難くないところである。そして、このことが地域社会一般に、同被控訴人並びに県教組を構成する公立中学校教諭全体の職務の公正に対する疑惑を生ぜしめたであろうことも容易に推察されるから、学力テスト反対斗争の是非とはかかわりなく、本件文集の存在及び内容が地域社会一般に知られたことは、地方公務員たる同被控訴人を含む県教組所属公立中学校教諭全体の信用を傷つけるものであつたといわねばならない。

ところで、本件文集がどのようにして組合外部に洩れ、新聞にとり上げられるにいたつたか、その経路は明らかでないが、前示のような本件文集の編集、印刷、配付の経緯、その部数から考え、また同被控訴人並びに県教組宇部支部において特段本件文集を秘匿するような措置を講じた形跡の認められない点から見て、これが組合外部に洩れ一般に周知されたにいたるであろうことは、同被控訴人において当然予想し、または予想し得たものというべきである。

してみると、同被控訴人は地公法三三条の信用行為禁止の規定違背の責も免れないところである。

4  以上のとおり、被控訴人竹原は地公法三三条及び三五条の義務に違背したものであり、同法二九条一項一、二号によつて懲戒処分を免れない。そして、右義務違背の態様に照らし、控訴人が懲戒処分としてなした給料月額の一〇分の一を三か月間減給する旨の本件処分は、その裁量権の範囲を逸脱するものとは解されないから、本件処分に取消すべき違法はない。

(二)  被控訴人塩崎について

1  前示のとおり、被控訴人塩崎が、二年五組の副担任として、担任である被控訴人竹原の指示どおり同組生徒に前記感想文を書かせたことは認められるけれども、被控訴人塩崎が本件文集の作成配布に関与したことは、これを認めることができない。

2  ところで、被控訴人竹原の右指示は、(一)1において述べたとおり、外形的に教育活動そのものに属するところ、被控訴人塩崎は、右感想文を書かせ際、右感想文を用いた文集の作成配布を予想していたことを認めうる証拠もないし、また現実に作成配布に関与することもなかつたのであるから、同被控訴人が担任の右指示にしたがつて前記感想文を書かせた行為を違法と断ずることはできない。

3  控訴人は、被控訴人らが共謀して同校生徒らに前記感想文を書かせたとして違法と主張するのであるが、同校教員らが右感想文を書かせることとなつた契機をなす会議等に被控訴人塩崎も参加しているにしても、右討議の結果は一応の申し合わせの域を出ず、(もとより、本件文集のようなものを作成配布することまで協議決定した事実は認められない。)また、右申し合わせの内容が担任教員の判断次第で、純粋に教育活動として実施することも可能なものであることは(一)1に述べたとおりであるから、被控訴人塩崎が右申し合わせに加つた点をとらえて、違法行為の責任を問うことはできない。

4  なお、同被控訴人の行為を、生徒を県教組の学力テスト反対斗争に巻き込んだとし、あるいは、学校長の学力調査実施に関する職務命令に反抗したものとする控訴人の主張は採用し得ない。

5  以上のとおり、被控訴人塩崎には、控訴人ら主張の懲戒事由があると認め得ない。

三してみると、被控訴人竹原の本件処分につき懲戒事由がないとしてその取消を求める本訴請求は理由がなく、被控訴人塩崎に対する本件処分の懲戒事由はこれを認め得ないので、右処分は違法であつて、その取消を求める本訴請求は理由がある。したがつて、被控訴人の竹原の請求につき、本件控訴に基き原判決を取消して請求を棄却し、被控訴人塩崎の請求については、原判決は相当であるから控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(胡田勲 西内英二 高山晨)

目録<省略>

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